2023/12/11 11:26

私たちがどのような経緯、思いでCenMOZOを立ち上げたのかご紹介するCenMOZOストーリー
宮村の視点から切り取ったストーリーの後編ということで、フィリピンの農園での事業開始からの悪戦苦闘の日々について綴っていきたいと思います


↑実際にCenMOZO農園を開墾している時の様子

目次


2 Beagleでの活動

(1)フィリピンとの出会い
Beagleの事業の検討にあたっては、まずは社会問題の解決に寄与できるものを検討しました。
日々、多くの方々と情報交換を重ね、事業計画を作ったりしていたところ、中学校の同級生の猪熊から、「フィリピンの農村部に住んでいる親戚が何か仕事がないかと困っているんだけど何か出来ることがないか。余っている土地があるらしい。」と声をかけてもらいました。
調べてみると、フィリピン人の平均年収は約48万円程度であることがわかり、貧困層の生活は平均年収が約69万円程度のインドよりも過酷な可能性があることが予測されました。また、平均年齢が24歳と若く非常に勢いのある国であることもわかり、今後の成長の可能性を感じました。

そこで、「一度、話を聞きたい!」と猪熊に返事をし、フィリピン・ザンバレスに住んでいるJayson Mozo(普段Jayと呼んでいます。)とオンラインで話すことになりました。コロナウイルスの感染拡大真っ只中の2020年12月15日の話です。
それから、毎週土曜日の18時から、猪熊、猪熊のお母様であるフィリピン出身のアイダさん、Jay、私の4名が参加するオンライン会議が始まりました。

(2)フィリピン現地の課題
Jayの話を聞くところ、現地は、人口が多いものの就労の機会が少なく、買い手市場のため、低賃金で働かされている住民が多いという課題があることがわかりました。特に、職業選択の幅が狭く、近隣の鉱山で働いている人が多いということです。
実際に、世界銀行の統計によれば、フィリピンの貧困率は2018年時点で16.6%です。また、国内の240万世帯が飢餓に苦しんでいて、平均的な収入の世帯で、食費が家計の半分を占めるため、1日3回の食事を必死に確保している現状があります。このようなフィリピンの貧困問題の原因として、特に影響が大きいと言われているのが、フィリピンの首都マニラと周辺地域の経済格差です。特にザンバレス州を含む農村部などでは、フィリピンで頻発する自然災害による収入減の影響が大きく、より一層地域格差を拡大する一因になっていると考えられています。

このような現状を踏まえて、「フィリピンの貧困層は、十分な能力やお金を稼ぐ原資等がないため、貧困からの脱却が難しいのではないか」と、これらの点を解決する方法を考える必要があると考えました。「この事業が成功すればフィリピンの貧困問題の解決に貢献できるかもしれない。」
そこで、Jayの環境を活かして、現地の貧困問題を解決しつつ何かオリジナルなことができないかを検討することになります。

(3)レモンの苗を植えよう
まず、Jayの環境を一つずつ確認していきました。何度かの会議を経て、Jayからは、Jayはマニラから300キロほど離れたザンバレス州に住んでいること、少し標高が高い山に4ヘクタール程度の土地を持っていること、街の中心の道路沿いにも土地を持っていて親戚と一緒に家を建てて住んでいること、家の横に小さい池と空き地があること、Jayの家族は奥さんと4人の子供がいて、これとは別に10名程度の親族がいることなどを聞きました。
情報確認後、何ができるかを検討するため、フィリピンや農業に関する本を20冊程度購入し、片っ端から熟読しました。
その結果、山の土地を活用して、Jayに農作物を作ってもらい、その農作物を親族に街の空き地で加工してもらい、加工品をフィリピン国内や、日本や海外に輸出して販売することがいいのではないかと考えるに至りました。

では、「よし!じゃあ農作物を作ろう!」となったして、皆さんなら何を作りますか。

私が最初に選んだのは、マンゴーでした。個人的に、フィリピンのマンゴーが大好きだったためです。また、せっかくなので、日本にはないものを作りたいと思ったことも大きな理由です。
ところが、「マンゴーを作りたい」とJayに提案したところ、Jayから大きな反対をされてしまいます。フィリピンのマンゴーは標高が高い土地では育たないというのです。



その後も、カラマンシー(柑橘系のフィリピンの果物)、モリンガ(奇跡の木とも呼ばれるフィリピンの植物)、ココナッツなどのフィリピンの珍しい作物から、パイナップル、パパイヤ、オレンジ、バナナ、キウイ、アボカドなどのトロピカルフルーツ、はたまた、日本でも栽培可能な、生姜、さつまいも、サトウキビ等まで幅広く検討しました。そして、議論の結果、いきついたのがレモンです。
レモンに決まった理由は、近くにレモン農家で働いている方がいたので作り方を教えてもらえそうであったことと、私がレモネードが好きで加工品のイメージが付きやすかったこと、そして、苗木の入手が可能であったことです。
ただ、レモンだけだと、万が一、栽培に失敗した場合に困ると思って、他にも、カラマンシー、モリンガ、ココナッツ、オレンジ、アボカドを少量ずつ植えることに決めました(ちなみに、モリンガは高地だと風が強すぎてまともに栽培できず結局途中で辞めました。)。
なお、いずれの果樹作物も苗を植えてから2~4年程度かかる見込みでしたので、根気強く継続する気持ちが何よりも重要でした。



(4)山の開墾と水源の確保
さて、植えるものが決まった後も、栽培開始までの問題は山積みです。
そもそも、山の土地を選んだため開墾が必要でした。山と言っても木々が深く生い茂っていたわけではないものの、若木がたくさん生えており、片っ端から取り除くところから始まりました。
まず、Jayの親族総出で手作業で若木を抜いていってもらい、主要な若木がなくなってきた頃に耕運機という土地を耕す機械を購入し、小さい木々を取り除きました。一通り土がならされてきたら、石を取り除き、最後に、大きな木を抜くための重機を借りてきて、まとめて根っこから引っこ抜きました。日本とは異なり、フィリピンの田舎には、耕運機や重機を扱っているお店がほぼなく、これらの機材を調達することにもとても苦労しました。


その次に問題となったのが、水源をどう確保するかです。フィリピンの季節は、6月から11月の雨季と12月から5月の乾季に分かれるのですが、特に乾季の水をどう確保するかが論点となりました。まず、井戸を掘ることも検討しましたが、高地であったこともあり、「井戸を掘るためには数百万円かかり、しかも堀ったとしても水が出るかわからない」と言われ断念しました。苦渋の策として、2キロ先の湧き水まで50mのホースを40本繋げて水を引っ張ってくる方法を採りました。ところが、その湧き水についても、地元住民の水源利権争いみたいなものがあり、Jayの農家に引っ張って来れる量を減らされてしまいました。そこで、2つ目の湧き水を探してもらい、一つ目の湧き水と同様にホースを繋げて水源を確保してもらうことになりました。何日もかけて、何十本ものホースを繋げてもらい、ホースからの水を1000リットル貯水できるウォータータンクを4つに貯水できるようにしました。



これで、ようやく苗木を植えられる体制が整いましたが、次に、レモン以外の苗木をどこで手に入れるのかという問題が発生しました。日本とは異なり、インターネット上で苗木を売ってくれる人を見つけることは容易ではありません。FacebookやJayの家族の知人・クラスメートに片っ端から当たってもらって、カラマンシー、モリンガ、ココナッツ、オレンジ、アボカドの苗木を売ってくれる人を1年かけてどうにか見つけました。そして、とうとう、2021年6月頃より、集まった苗木から順番に植えていくことができるようになりました。
その後も台風により、たくさんの苗木が流れてしまったり、農場が広すぎて整備が追い付かなかったりと、種々のトラブルが発生しましたが、Jayの粘り強い対応のお蔭で全て乗り越えることができました。Jayに頑張ってもらい、多くのトラブルを乗り越えて、ようやく農場の整備ができましたが、「ここからレモンの実がなるまで3年かかるのか。。。笑」とも思いました。

(5)レモンの精油作り開始
さて、日本の農協等が公開しているデータを元に試算すると、Jayの4ヘクタールの農地からは、およそ15トン~18トン程度のレモンが収穫できるようです。
次の問題は、この量のレモンを誰にどう販売するかです。そこで、栽培環境が安定してきたタイミングでレモンの販売方法の検討に移りました。
まず、レモンそのものは、一部は市場で販売可能であることがわかり、また、道路沿いの土地の前で販売することもできるとのことです。
一方で、レモンは腐りやすい果物ですので、加工して長期保存ができるようにする方法の検討も必要でした。また、見栄えが悪く市場で売れにくいレモンについては加工して販売することが一般的なようです。

そこで、加工品の開発が始まりました。しかし、結果として、加工品の開発は、私に経験が全くなかったことが原因で、想像していたよりもかなり苦労し、多くの方々にご迷惑をかけてしまいました。
まず、レモネードやレモンジュースなどの食料品が良さそうと考えました。他にも、ジャム、ティラミス、羊羹、ジュレ、フローズンヨーグルト、ドライフルーツ、お茶などに加工して日本に輸入することを中学時代からの知合いでパティシエの友人や他の事業者と半年以上かけて検討しました。私自身も日本側で加工する可能性があったことから、食品衛生責任者の資格も取得しました。
しかし、農村部ということもあり産業が発達していないようで現地側の加工業者や容器業者を見つけることができなかったことや、衛生面の観点から食品の安全性を確保できないと判断したことから、苦渋の決断でしたが、食料品の加工は一度保留となりました。ちなみに製品のアイディア自体は概ね完成してはいたので、またどこかでチャレンジしたいと思っています。

「素人である自分が加工品を開発するのは無理かもしれない。」そう考え始めた頃に、私がやっている活動に興味を持ってくれたのが大学のサークルの同級生であった尾崎です。
加工品の開発について完全に八方塞がりであった状況で、尾崎が参画してくれたので、何とか前に推し進められることに安堵したことを覚えています。
尾崎と一緒に「どんな加工品をつくろうか」とアイディアを出し合っていたとき、これまた同じサークルに所属していて、CBD(大麻から採れる成分の一種)の製造販売分野で起業した友人から「レモンからリモネンという良い香りがする成分が採れるのだけど、CBDの関連商品の一部に使いたいのでリモネンであれば買いたい」という話をいただきました。
「食料品じゃないし、香りというアプローチならいけるかもしれない。」と思い、レモンからリモネンを抽出する方法を模索し始めました。

早速、実際に、リモネンが含まれている香料を嗅いだところ、普段から嗅ぎ慣れている柑橘系のあの爽やかな香りであることがわかり、ますますモチベーションが沸きました。大手法律事務所勤務時代に気分をリフレッシュさせるためによく嗅いでいた香水に使われていた原料だったのです。
ところが、食料品のときと同じく、レモンからどうやってリモネンを抽出するのかなどの加工の知識についても全くなかったので、リモネンの抽出に関しても、果てしない苦労がありました。
最終的には、リモネンではなく、レモンの精油を抽出する方法を見つけ、現在は、レモンの精油を抽出していますが、この頃は、加工品の完成までの道筋が見えなさ過ぎて一時は「もう辞めようか。」という話にまで発展したこともあります。
しかし、「もう少しだけ試したいことがある」という尾崎の並々ならぬ熱意のお蔭で、着手から1年以上かかって、ときにはケンカをしながら、何とか精油の抽出までこぎつけることができました。


3現状と今後やりたいこと

(1)レモン果実の収穫と精油の精製
レモンの苗を植えてから、約2年後の2023年8月、ようやく最初のレモンの果実が収獲され、その数日後、Jayの農場で獲れたレモンの果実から精油の抽出に成功しました。
そして、とうとう2023年11月、私たちの手元に精油が届きました(この郵送の過程でも物品が届かない、成分分析表が必要である等のトラブルが多く発生しましたがこの話はまた別の機会に。)。今は、この精油を多くの方に試していただきたい気持ちでいっぱいです。

(2)今後やりたいこと
ア フィリピン国内
フィリピンは、バナナやマンゴーなどたくさんの有名な果実の産地であると同時に、香り高い植物や樹木もたくさん生息している地域です。
例えばイランイランノキは、フィリピンに広く自生している樹木ですが、その花から抽出される精油はとても甘い香りを持ち、香料として大変重宝されています。その他にも、フィリピンでポピュラーな花として知られているプルメリアも、とても香り高いです。そしてそのような、素晴らしい香料が採れる植物がまだまだフィリピンには沢山あります。
現在は、Jayの農場で採れたレモンとオレンジスイートの精油、およびそれらをベースに調香したブレンド精油やルームフレグランスのみを販売していますが、ゆくゆくはフィリピンの他の農家と提携して、このような香りづくりにも挑戦し、商品の幅を広げていきたいと考えています。
将来的には、精油加工のみならず、フィリピンの豊かな果物を使って、他の方法でもフィリピンの貧困問題の解決に寄与できればと考えています。

イ インドその他の地域
さらには、インドをはじめとする、他の国々の農家と提携することで、より多くの貧困世帯の課題を解決できるようになりたいと思っています。

4 結び
現在、取り組んでいる社会問題は、「フィリピンの貧困問題」であり、この社会課題の一部は、レモン栽培事業及び香り事業により解決可能であると信じています。
直近の目標は、これらの事業の利益化を進めることで、「事業により世界で戦える企業」の土台を作ることです。何卒暖かい応援のほどお願いいたします。